台風19号顛末記

今回の台風で初めて避難しました。

100122はゼロメートル地帯がほとんどで常置場所も同様です。以前から同居老人からは昭和22年のキャサリン台風時に一週間屋根で生活していたと聞かされておりました。

気圧915hPaの時点でこりゃ屋根が吹き飛ぶだろうなぁ思いましたし、高潮による浸水も半ば覚悟してました。姉からはこっちに避難しろと矢の催促。最初は同居老人だけでわたしは残ると言ってたのですがお前も一緒に避難しろとキツイ命令。そこで土曜日朝から姉の家で厄介になることになりました。

f:id:sunrisetmc:20191014072004j:image移動運用の設備はそのまま停電対策セットになります。左から充電器、インバーター、ディープサイクルバッテリーです。ネットで大容量のバッテリーが人気のようですが、この移動運用セットの方が安くていいです。

 

姉の家はマンションの5階なので発発は持っていかず。

 

着替えや金目の物など一式持って行ったつもりでしたが、同居老人の保険証を持ってくるのを忘れました。やはりチェックリストを作るべきでした。

結局被害は無く翌朝には自宅に戻りましたが、いろいろ教訓はありました。

 

宮城の吉田川や福島の阿武隈川が氾濫しているそうですが、吉田川は新入社員時に堤防調査をしていた最初の現場、昔から洪水の常襲地帯です。阿武隈川も平成10年の氾濫時に福島支店勤務だったので1年間堤防調査に携わっていました。地元の方はわかっているので早めに避難されるのですが、今回はいつもなら被災しないところまでやられている印象です。

社会人生活を始めてからかなりの時間防災関係の仕事をしているのですが、自分がその立場になるとなかなか事態を客観視できないものです。空振りでもいいので早めに避難することの大切さを実感しました。